2年半ぶりだよ ぉぃゃn通信

サーバー周り・開発等、盛岡のIT土方が恥部をさらけ出す備忘録日記

2005年の7月頃からとんと更新がストップしましたが、
技術的な備忘録として今年は活用してみようと思いました。
せっかく昔からのブログだしねー。

サーバーはRedhatLinux、管理GUIとしてClassCatを使用しています。

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オープンリーチについて検証してみよう 〜ケーススタディ その1 宇宙〜

数々のオープンリーチが炸裂した森下麻雀
独特の雰囲気
独特の打ち手
オープンリーチに関する様々な要因が捻り出されていますが、
今回より実例を通してオープンリーチを検証していこうと思います。

ケース1 宇宙 〜民明書房「ビッグバン!宇宙誕生オデッセイ」より引用〜

それはもう昔のこと。
宇宙が宇宙ではなかった頃のお話です。
まだ幼い後の宇宙は、当時三倍満と呼ばれておりました。
理由は良く知りませんし、知る必要もないでしょう。
だって彼はこれからその名に別れを告げるのですから。

場所は相模大野。
かつてカオリ、と呼ばれた女帝が住む一角でした。
宇宙創生に伴い、そこに呼ばれたのはウラタ、座間君、私、
そして当時三倍満と呼ばれた触媒でした。

場は淡々と流れます。
時は既に朝を迎えんとするところであり、
私は出発の準備をしながらラス半となるであろう卓を見つめていたのです。
卓には女帝座間君ウラタ三倍満。

麻雀の恐ろしさを知らない女帝と座間君は
その無邪気な闘牌でウラタを追い詰めていきます。
ついにオーラスとなったその時、ウラタに残されたのはわずかな点棒でした。

これまで散々麻雀に疎い彼らを蹂躙してきたウラタです。
こんな時ぐらい華を持たせてあげるべきでしょう。



「リーチ」

オーラスの牌勢が悪いと見るや、彼の取った手段はこれでした。
手牌をパタリと倒し、振り絞るように言ったのです。

「オープン・・・」

オープンリーチ。
過去の文献を紐解いても、あまり見られる単語ではありません。
当時はたった一翻アップのために待ちを晒すなんて考えられず
多面張をフリテンしたボンクラが泣きながらたまーにやる手法として
知られていました。

そんなウラタの手はリーチのみ。待ちはソーズの三四四五五から三六。
一発ツモか裏まで乗せてようやく満貫という何ともショッパイ手でした。

一見ソーズの多面張に見えた女帝と座間君から緊張の空気が流れます。
そんな中、触媒はただ一人怯えることなく彼らにアドバイスをするのです。


「この待ちはな・・・ここだ!!」


何ということでしょう。

触媒はウラタの倒した手牌から、更に四五をグイッと前に出したのです。
女帝と座間君からは安堵の、ウラタからは覚悟の溜息が漏れました。

そして数順、静かな時が流れました。
各々ウラタの当たり牌を掴むも華麗に回し、ウラタからは焦りの表情が
見られます。
触媒は既にウラタを眼中に入れず、自分の手牌との対話に夢中です。


そして


ついにその時が訪れたのです。
私の脳裏に焼きついているその瞬間を出来るだけ克明に表現するとするならば

「まぁ、最悪ノーテン罰符もらえるだけでもうれしロン32,000点です
時が、止まりました。
誰もが宇宙誕生の瞬間に身動き一つ出来ませんでした。
宇宙は大きく大きく膨張し続け・・・・・


崩れ落ちました。


時は、動き出したのです。

神々しい光を放つ新生宇宙に、私は語りかけました。

「・・・・何してんの?」

眩い光を放ちながら、彼は重々しく言ったのです。

「これ切れば高め三色だったの・・・」

何語でしょう?

少なくとも私には理解不能な言語でした。
周囲の人間も反応できず佇んでいます。

大いなる儀式を成功させたウラタは興奮が収まらない様子で
部屋中を移動し続けています。
座ったと思えば立ち上がり、また部屋を数周。
私にはそんな彼の興奮が痛いほど伝わってきました。


俺はお前らと麻雀をしているんじゃない。

俺はこの四角い石を通じて宇宙と対話しているんだ。

だから、どうか、悲しまないで、ララァ・・・・


振った本人は大体そんな感じのことを言ってました。
ニュータイプってのは大抵そういうキ○ガイ紙一重の方が多いようです。


数十分後
新宿へと向かう電車の中には出勤時間を大幅に遅れた私と
未だ興奮冷めやらぬウラタが座っていました。
彼は私にもはや言語の域を超えた興奮を叩きつけ、
あれはあり得ねぇ新伝説だまた同人作んなきゃあぁ大変だみたいなことを
延々とリピートしていました。

そして同時刻の相模大野
崩れ落ちた新生宇宙から、振り絞るような一言が漏れました。

「俺、何してんだろう・・・」


知るか





さて、この章では興味深い台詞が登場しています。
「これ切れば高め三色だったの・・・」

この台詞で感じととれることは2点
・手作りの重要性
・場の状況よりも手役

解析用コンピューターにかけても上記以外の結論は出ず、
メモリリークした上にDVD-RAMを噴射して使い物にならなくなってしまいました。

つまり何が言いたいのかというと
常人にはこの思考に行きつくのは無理と言うことです。
だって、三色だったし。
無理。
ごめん。
そのレベル・高みにはきっと20年ぐらい山籠もりしないと到達できそうにありません。

森下麻雀には魔物が潜む。
いや、麻雀じゃない。
宇宙には狂気が潜む。
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たくちゃんはジャイアニズムの固まりなんだ

いつものようにきみさんの文章無断借用。
たくちゃんは何をやっても無罪なのです!

時期はもう忘れた。確か森下の頃だったはず。
いつものように麻雀をし、いつものように煽り合い、
いつものように買ってきた夜食を食おうとしていた時の話だ。

ウラタがコンビニのカップラーメンを食おうとしていたんだ。
空腹に耐えながら湯を沸かし、1秒を永遠に感じながら
出来上がりを待っていたんだ。

んで、さぁ食おうって時にたくちゃんが一言。

「俺にも食わせて」

ま、そんな些細なお願いを拒むほどウラタは狭くなかったよ。
快く器をたくちゃんに渡したんだ。

たくちゃんは無邪気に喜びながら一口目に箸を伸ばしたんだ。
それがオスカーばりの演技だったとは誰も想像すらしてなかったよ。

ここからの状況を文章で表現するのは難しいな。
出来る限りわかりやすく書くと

た:「ぶぇっくしょ ウ:『お前それ全部食え』い」

こんな感じだった。

もう転がった。
そこまでするか、と。
そんなにもチキンラーメンが羨ましかったのか、と。
飯にありつく手段の新時代を築いたな、と。

早速明日から自然なくしゃみの練習だ、と。
決して顔をそむけちゃいけないんだ。
あくまでも器に面した状態を維持しつつ豪快にくしゃみ。
これ最強。
ただし、これをやると以後誰も食料を分けてくれなくなるという諸刃の剣。
素人にはお勧めできない。
ま、お前等は自腹切って買ってなさいってこった。
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宇宙と僕のチキンレース

一昨年の夏、QMAが本格稼働し始めた頃。

お盆休み中で、実家にも帰らず9連休をひたすら満喫していたところ
まだ渋谷勤務だった宇宙から、
「クイズゲームでおもしろいのがあるぜ」
という紹介を受けてQMAを初めてやりました。

おもしろい。
まだこの当時、24時間でQMAができる環境が知っているところではお台場の
レジャランしかありませんでしたので、
レジャランでひたすら金を使い上級魔道士まで一気に駆け上がり
数日後、賢者になり
どっぷりQMAにはまっていきます。

で、数週間したある日
宇宙とどこかで待ち合わせてQMAやろう
ということで待ち合わせをしていたのですが
連絡の行き違いもあり、宇宙が怒って帰ってしまったことがありました。

ああ、まずいなぁ、と
怒らせちゃったなぁ、と

数日後、
ひらちれから電話がかかってきました
「なんか、とても怒って、もう麻雀しに行かない」とか言ってるよー
という旨の内容。
ひらちれには、しっかりアフターフォローしとくからと言って電話を切りました。

ここで、僕は一つの賭けに出ました。
あえて放置。

数日後・・・
僕の携帯から宇宙から電話があり
「寂しくって死にそう」
と。


宇宙とのチキンレースに勝った僕は
宇宙の体をただひたすらに弄ぶのでした。
ロン!24000Z!

〜最後の2行はフィクションです〜

ちなみに、この件に関して最後まで宇宙には謝らなかった気がします。
この場を借りて宇宙には深くお詫びしたいと思います。
「いいから盛岡まで振り込みに来いよ〜」
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路地裏亭の愉快な人たち

私が路地裏亭の住人なのかどうかはさておき、
連日連夜いろんな人が集まってドンチャン騒ぎ出来る環境というのは非常にうらやましくもアリ。
末期の森下も雰囲気的には近いものがありましたが、
鍵を他人に渡しているわけでもなく、遊べたのが週末に限られていたのを考えると、路地裏亭ほどオープンではなかった環境かもしれません。

つーか、ぶっちゃけ路地裏亭に遊びに行ったのはたった1回だったわけですが・・・
東向島から原付で1時間ちょっと。
渋谷までは楽しい原付ドライブだったのですが、そっから長かった・・・。
そんな記憶がある路地裏亭。

たしか、みっくやある、Lちゅうと麻雀打った記憶があります。

あるは僕が東京来てからもあまり話す機会も無く、
盛岡時代に見たRCA3rdでの「ジャミラ」パフォしか印象に無かったのですが
実際に話をしてみると、アホなにーちゃんだなぁと好印象でした。

また、みっくも本厚木ギガや蒲田のスーパーマンの大会等で面識はあったものの、
このとき初めて話をしたと思います。
とにかくテンションが高いおねーちゃんだったという印象があります。

それだけでは、ぶっちゃけ終わってしまいそうですが、
みっくに関しては大阪へ行くときの途中下車の旅で助けていただいたことから、
森下面子に愛されてゆくのでした。

次号へ続く。
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新宿チルコの話をしようか その2

俺が新宿チルコのことを語るな、と怒られそうですが、気にしません。

ということでですね、
私と新宿チルコの関係は98年の7月頃に遡ります。
つーか、これ東北人物伝に書いたな(汗

まあ、初めてパラノイアダブルを見せられた場所であったり、
ハイスコアのスコアネームがYSKとRYO.で埋まってたり
スウェーデンに旅行に行った帰りに2ndのロケテで並んでいたら
目の前で金沢塾の面々がManiacコマンド自慢げにやっていたり

ということで結構古くからチルコには行っていた気がします。

で、再び東京に戻った2000年。

チルコに常連って結構いたような気がします。

AZO-HELL。
バンダナ巻いてました。
いつもいたような気がします。
汗の臭いにシンパシーを感じました。
ウソですごめんなさい許してください逮捕しないで下さい。

TOUYA。
よく見ました。
きりえちゃんは元気なのでしょうか。

AKI。
いたなぁ・・・。
何やってるんだろうなぁ。
なんにでも首突っ込もうとしてたなぁ・・・。

Mrまっき〜
LCAオフで勝手に入ってきて切れそうになりました。
ガキが。
自己主張する場所とタイミング考えろ。

つまり、
語りたくても記憶があまり無いということでファイナルアンサー
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新宿チルコポルトの話をしようか

大館時代、すき放題に暴れていました。今思うと甘酸っぱいです。
盛岡時代、デッドボールとマッハランドのおかげで深夜DDR三昧でした。
周りの目はあまり気になりませんでした。

上京して困りました。
当初は亀戸ギガと新宿チルコによく通っていましたが、
亀戸ギガは一般人の客層が限りなくヤンキーに近く断念。
近所でDDRが出来るゲーセンが無いのです。
なのでどうしてもDDRをやりたくなったら新宿チルコへ着替えを持っていくというパターンになりました。

ファッ鼎碧佑任垢、
一応、自分の汗の量、匂い、角度、致死量を把握していたつもりなので、
新宿などという人が多すぎる土地でDDRを行うと
その後の自分の処理に非常に困るのでありました。
ポル・ポト派もびっくり。

そんなポル・ポト派も気絶するような汗の臭いを圧縮・保存していたのが
チルコポルト3F、DDRコーナーでした。
DDRが4台。
どう見ても無理をしている通風孔
よどんでいる空気
「これが、扉の外・・・」(byハガレン)
そんな感じで。

ということでチルコポルトには行くものの
DDRは見てるだけ、
またはウラタとちょっと遊ぶ程度
ということでどんどんDDRをする回数が減っていきました。
東京に来た時点でDDRに対する熱量、選択肢の数が
どんどん減ってた時期でした。

で、チルコに行くと
ウラタやけこけこ、中野以外にも見る回数の多い人々が増えてきます。
新宿チルコを根城として活動している、
ClubAZOの代表、AZO-HELL君でした・・・。

「大佐、あれはホムンクルスだ・・・」(byハガレン)
【次号へ続く】
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宇宙外伝

きみさんよりタレコミ。
っつーか、この前の森下麻雀のきみさんレポート。
きみさん、無断借用許せ。

ここを見ている人はほぼ参加者なわけですが
僕の拙い文章力で、その一部でも感じ取って(思い出して)頂ければ幸いです。

とある東風戦の一コマ
(表記は一:マンズ  Д團鵐此。院Д宗璽)
卓についているのはおいやん、たくちゃん、藤原さん、そして中村大人
彼の後ろには俺とウラタが陣取り、やや悶絶気味に闘牌を見守っています。
ドラは一ピン。

おやおや

彼は役牌トイトイ三暗刻を目指しているようです。既にポンされている東。
全体はこんな感じです。

三五五六ЛВ坑坑后 ‥貪貪

おやおや

既に手余りな状態かつ場には二枚切れているにも関わらず、
彼は頑なにドラを手放そうとしません。
打ち筋批判と罵られることを恐れ、彼がツモる度にやんわりと
「切る牌は一つだよ」という俺とウラタの言葉に
「お前ら三下は黙って俺の闘牌拝んどけ」とばかりにドラをキープする彼。
きっと脳内では
ツモ!!役牌三暗刻トイトイドラ3(何故か暗刻)、8000-4000の
チップ4枚持って集合!!
(チップなし、あっても乗らない)」
って感じのイメージが出来上がっているのでしょう。素敵なことです。

その時、対面のたくちゃんがおもむろに捨て牌を曲げました。
「リーチ」緊張が走る場。


嘘です。
少なくとも観客含めて一名しか緊張してませんでした。
適当に回してりゃ大丈夫。彼が何とかしてくれる。

ふとたくちゃんの捨て牌に目をやると、序盤に切られている(ドラ)
他はソーズ多目で、中村先生の手牌は軒並み危険牌。
そうか、たくちゃんの聴牌気配を察知して安牌を残したんですね。
さすが中村大人。差し出がましい口を聞いて申し訳ありませんでした。

そして中村大人、おもむろにツモ。持ってきたのは
素晴らしい引きです先生。手牌はこうなったわけですね。

三五五六ЛЛВ坑坑后 ‥貪貪

マンズのワンチャンスは残りますが、充分勝負出来る手になりました。
とりあえずノータイムで切っちゃってください先生。

中村先生、たっぷり十数秒苦悩した後に手を大きく振りかぶり、
効果音と共に牌を切りました。

「ヴン」



まるでトルストイの小説の中にバカボンが入ったような違和感を
感じた方が多いと思うのですが、ここまで一連のお話です。
ここからも一連のお話です。

たくちゃん:「ロン。リーチ一発ドラドラ。満貫です。」

 ざわ・・・
   ざわ・・・

ざわめきが周囲を支配する中、ウラタが振り絞るように
すみません・・この子・・・脳に障害が・・あるんです・・・
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その6 きみさん

最初に盛岡にいた時代、
花巻のスタジアムというゲーセンに1冊の譜面ファイルがおいてありました。
「kimi's page」の譜面コーナーを印刷したファイルです。
確か僕はコンプリートミックスのユーロビートだったと思いますが、
この譜面を見てクリアできた記憶があります。

この譜面サイトの管理者が、当時kimixを名乗っていたきみさんでした。

初めて面と向かって挨拶したのは東向島
かてやウラタがこの人はこっち側の人間だ、ということで
麻雀に招待することになりました。

振り込もうが上がろうが常に冷静
大人の対応
ああ、この人は人間が出来ている
そして黒ビキニパンツ
こうしてきみさんと仲良くなり
一緒に遊ぶ時間が増えていくのでありました。

いつも、歴史的な出来事が起こるそのそばにはきみさんがいました
恐らく僕やウラタよりも多かったことでしょう。
僕やウラタがほとんど知らない、5鍵や7鍵の世界の人々とも
交流があったため、結構な恩恵に預かれました。

人との付き合い方、
時代時代のキーパーソンと仲良くなる能力
本人はおそらくそんなの意識してねぇよ、というかもしれませんが
確かに能力でした。
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たくちゃん その2

たくちゃんを初めて知ることになったのは
かて掲にLINKされていたと思いますが、たくちゃんの掲示板。

無機質な掲示板に赴くと
八王子、吉祥寺の面々が延々と書き込む「たくちゃん」という5文字。
そんな書き込みに対し「やめてくれよー」としかいわないたくちゃん。
この人は何なんだ、と。

風の噂で、サンダルでDDRのスコアアタックをしていたというたくちゃん。
しかし本当はBM界で名を馳せたスコアラーとのこと。
PSSP2000では多分会っているんだろうけど会話も無く。
初めてコンタクトを取ったのは上板フェスタでした。

フェスタ終了後、ウラタが飯に誘ってくれました。
面子はふる、かて、ウラタ、たくちゃん、ACC、俺
ははー、この人がたくちゃんかー、若いなーなんて思ったり。
そのときは普通に飯を食うだけだったので
後に判明する「養われっぷり」や「虚弱っぷり」を垣間見ることは出来ませんでした。

たくちゃんの「虚弱っぷり」を見ることが出来たのは
その数週間後に行われた群馬フェスタでした。

当日の朝、7時過ぎだったと思いますが
俺、かて、ウラタ、中野、伽羅で僕の車に乗り群馬を目指します。
なんかの弾みで「たくちゃんを呼ぼう」ということになり
たくちゃんに電話をします。

たくちゃん:「朝早くからなんだよー」
ウラタ:「あー、たくちゃん、これから群馬に来て、群馬」
たくちゃん:「そんなのいけるわけねーべよー」
ウラタ:「こなかったらリンチね、リンチ」
たくちゃん:「うぐぅ」

こんな感じの会話だったと思いますが
まあ、本気で来る訳なかろうと思ってました。

そしたら前橋チルコポルトに午後、
なぜかたくちゃんの姿が・・・。
「新幹線で来たぜ」
当時より、その貧乏ッぷりに拍車がかかっていたわけですが
新幹線できるという暴挙。

そんなたくましい行動力のたくちゃんに
ウラタは冷たい一言
「帰りどうするの?」
僕の車は既に5人乗ってます。

帰りの手段がないと
無い頭で考えるたくちゃん
事態を理解したようです。

本気でブチ切れるたくちゃん。
帰りの車中、
ウラタの姿もありませんでした・・・。

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その5 宇宙 Part2

さて、日付を古くしてみて新規投稿してみました。
気づいた人、コメントしたらばれるので他のところにコメント入れてね。

宇宙のエピソードは抜粋するのが難しいのです。
その日、その場所全てを語らないと
宇宙を語ったことにはならない

そんな中でも単発でネタをかましてくれるのであります。
そのネタ集。

●ヤキトリ事件
 カオリさん亭で麻雀をしたときのこと
 「俺、ちょっと買い忘れたのがあるので買ってくるわー」
 と外に飛び出す宇宙
 数十分後、帰宅した宇宙
 「ヤキトリつけるべー」
 そう言った宇宙の手には1枚っきりのヤキトリマーク・・・
 その晩、ウラタに挑発されまくって真っ白になったのは言うまでもありません・・・。

●一発6連続振込み事件のその後
 「オレ、もうしばらく麻雀やんね」
 と、6連続振込みを含む記録的な大敗を喫した翌日の宇宙
 ああ、彼もついに暴れる場所を失っていくわけか・・・
 ウラタやきみさんと残念がっていました
 しかし、その次の週
 「ぉぃゃn、週末暇?」
 「オレ、寂しくって死にそう」
 彼がそんなに簡単に麻雀を忘れることなんて出来ません。
 
●そして借金100万円だけが残る
 「ぉぃゃn、車買ったぜー」
 「BMのオープン」
 「頭金ナシでローン組んだぜ」
 「200万借金たぜ」
 「麻雀で全部返済するぜー」
 数ヵ月後・・・
 「BM飽きた・・・」
 「ソアラにした・・・」
 その1ヶ月後
 「車飽きた・・・」
 そうしてソアラを売った後には
 100万円の借金だけが残りましたとさ
 恐るべし
 鉄砲玉8段。

<次号へ続く>
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